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小説 2012/04/25/10:40:51 No.3  
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忘れられぬ夜…の後のお話 2012/05/29/21:11:40 No.12  
えむ  
「おかえr……シズマ…?」

 その日の夜。自宅にいたアリーゼは目を疑った。パートナー件彼氏であるシズマの変わり果てた様子にである。
 一言で言えば疲れていた。だが、それ自体は大したことではない。仕事がハードならよくあったことだから。
 だが今夜は異常であった。なんというか心身共にズタボロにされたような様子だったのである。

「…何か…あった?」

 とりあえず尋ねる。いや尋ねないわけには行かない。それに対し、ふらふらの足取りで部屋に上がったシズマは力なくソファーに倒れこむ。心なしか、げっそりとしているようにも見える。
 声をかけて数分後。シズマの第一声はこれだった。

「……異世界って、怖いな」

 自分が見た限り、色々カルチャーショックはあるが怖いとは思わなかった。ましてシズマがこうなるほどの恐ろしさがどんなものが思い浮かばない。

「…ホント、何があった?」
「あー……」

 改めて尋ねる。するとシズマは片手で頭を抑え、天井仰いでからアリーゼに向かって一言答えた。

「先に言うけど、怒るなよ?」

 そしてシズマは静かに一部始終を話した。
 アリーゼが最近話すようになった異世界と思しき場所に行ったこと。そこで、とんでもない美女二人から好意を向けられて、めちゃくちゃ心が揺らぎまくった事。

「……そんなに美人さんだった?」
「あれは、もはや別次元のものだ。見た目も性格も、誰もが浮かべる理想の女って奴だったな」
「…ん、最後の言葉はしっかり受け取った」
「ちょ?!待て!!銃なんか抜いてどうするつもりだ、お前!?」
「…シズマを殺して、私も死ぬ」
「いやいやいやいや、落ち着けって!!ちゃんとオチもあるんだからっ」

 なにやら目がマジでホルスターから銃を抜くアリーゼをあわてて留め、シズマはさらに言葉を続ける。

「―――ところがな、どっちも男…いや片方は一応女だったんだけど、なんというか本当は全然イメージと違う奴で、どっちが男を落とせるかって勝負のために演じてただけだったんだよ…っ」

 そう言いながら、シズマの手が微かに震え始める。その時のことが再び脳裏に浮かびだしたらしい。

「あぁぁくそっ。今度会ったら、絶対覚えてろよ、あいつらっ…!!本当に、マジで抗うの大変だったんだからなっ!! 挙句に勝ち負けハッキリさせたいから選んでくれとか、ふざけるなって言うんだ。あんなの選べるわけねぇだろ…っ!!てか、無駄にレベル高いんだよ、なんなんだよ。リアクション一つ一つが男心を揺さぶる威力なのに、それをわざと演じてやってたとか、冗談にも程があるぞ?!もういっそ役者にもなっちまえって言いたい、声を大にして言いたいくらいだ!!しかも、片方は思いっきり男だったじゃねぇか。俺は…、俺は…男からのアプローチにあそこまでどぎまぎして、狼狽して―――うぁぁぁぁぁ…」
「……?! シズマ、落ち着く」
「うがぁぁぁぁぁぁ!!やってられるかぁぁぁぁぁっ!!」
「…えい<打撃音>」
「がはっ?!」

 なにやら溜め込んでいたと思われる胸中の一部が噴出したらしく、再び声も大にして独り言を言い出すシズマ。そのうち、テーブルに連続頭突きまで始めたため、やむなくアリーゼは銃のグリップで一撃を食らわせ、大人しくさせることにした。
 少しばかり要領をえないが、ともかくシズマが相当大変な思いをしたということはわかった。基本的に彼は、他の女性に好意を向けられても動じないほうだ。一重に自分と言う存在がいるからというのもあるだろうが、それにも関わらず、心が揺らいだというのだから、彼の言う二人は相当に良い女だったのだろう。
 そして不本意ではあるが、自分に女としての魅力があまりないことは自覚もしている。そもそも必死に抗っていたということは、やはり彼にとっては自分が一番だという事。それはそれで嬉しい。
 それでも心が揺れたことに対しては、軽く(?)嫉妬もしてしまったが、恋人である以上は仕方なのない事だ。これで本当になびいた日には、銃弾で蜂の巣確定でもあるのだけど。
 一応今までになくすごく大変だったことはわかった。それならそれで心が揺れたことについては水に流すとしよう。そして気を失ったシズマの頭をそっとなで、アリーゼは労いの言葉を送るのであった。

「……えと、うん。どんまい」








 余談として、その日の夜以降。しばらくの間、毎晩…シズマは二人の美女から「どちらか絶対に選んで」と迫られる夢(シズマいわく悪夢)に悩まされる事になるのだが、それはまた別の話である。

~おしまい~

いつか君へ届けんが為 2012/07/09/17:30:39 No.13  
猫又  
――これは、とある夏の、月明かりの草原での一幕。






侘しき三つの緒職人ありき
日々飢え渇こうと 通う泥猫や
やるものなぞなしと蹴り
山へ追うも茶飯事
遂ぞ 蓄えも尽き
孤独に伏す 三つの緒職人

月の夜 訪えた白き雌猫
「我が身を三味線に」と ひとつだけ鳴く
いと美しき毛並みたるや
値が付くかと 張り切れど
翌も翌々も来ぬ 泥猫や
届かぬ報謝

青き空 普く響き渡る
優しき音色
君よ 八千代に在れと
願い詠う猫三味線




「おっしょさま、そのうた、なぁに?」

 満月を望む丘の上――
草の上に座っていた十数の猫のうち一匹が、青灰色の羽織を着た一際大きい白猫を見上げ、問うた。
問うた猫はまだ口を利けるようになって間もないぺーぺーの野良猫妖怪。
「お師匠さま」の発音が拙いのも、白猫にとってはかわいいもんである。

 羽織を着た白猫は、問いかけに反応して咥えかけた煙管を下ろすと、その猫へ顔を向けた。
さっきまでそこの仲間と遊んでいたのだろう。茶トラ柄の小さな身体のところどころに、細い草が付いたままだ。

「こいつぁな、あっしのお師匠さまから習った歌さ。」

 満月と同じようにまんまるな瞳をやんわりと笑みに緩め、茶トラに付いた草を剥がしながら、白猫が言う。

「旅の三味線法師さまが歌っていたのを、いつも横で聴いて覚えたんだとさ。」

 告げる最中、その瞳は再び満月を捉えた。
ただし眼差しは、もっと ずっと 遠いように感じられる。

「いいかい、お前さん達。どんな不遇に遭っても、人様を憎んじゃいけねぇよ。
かわりに、その分だけ優しくしてやんな。そうすりゃあ、いつか気持ちが伝わって、大切にしてくれる時がきっと来る。」

 虫の声に紛れて、お月様の寝息が聞こえるんじゃないか という程静まりかえった夜闇に、白猫の声が染み入ってゆく。
煙管から放たれた紫煙が、お星様の吐息と見紛う夜風に靡いて、ゆらり、ふわり、消えてゆくように。

 その普段とは少し違う様子に、いつの間にか十数の猫達はみんな集まって、目をぱちくりさせながら白猫の話を聞いていた。

 ざざぁ と、少しだけ強い風が草原を撫でる音だけが、辺りに響き渡る。

 やがて、白猫が笑顔で猫達を見下ろして 「いいな?」と訊ねると
ぽかんとしたままだった彼らは 「はい」なり、「にゃあ」なり、其々の返事をして、心に留めた事を伝えるのだった。

 ――気持ちの優しい立派な妖怪に育ってくれりゃあ、重畳よ。

 いい返事を聞き 満足気に頷いて、再びお月様と向かい合う。
しかし煙管を咥えたところで、白猫は ふと考えた。


風来坊の親方が、一人の人間と旅をするなんて、珍しい事もあったモンだ。と―――




ある男の最期 2012/07/17/23:03:05 No.16  
hiko  
ある山に鬼が住んでいた。

鬼は四百年もの間、その山を護り続けていた。

数百年前は山の他に護るべき村と、人々が居た。

時代と共に人々は死に、村は絶え、山が残った。

山に住む妖怪達も、荒み淀んで行く自然と環境の中、少しずつ姿を消して行った。

鬼は一人になった。

ソレでも鬼は山を護り続けた。

ソレは鬼の運命であり、鬼の意思でもあった。

仲間と、家族と、愛すべき人々が眠る山を護る。

人々は困窮していた。

数百年積み重ねた業のツケが回ってきたのだ。

他の山々は開発により裸に剥かれ、緑が消え、空気が汚れた。

人々はとうとう、鬼が護る山にも手を伸ばした。

鬼の力を恐れ、遠ざけて来たその山に。

人の言葉を殆ど忘れ、見てくれも恐ろしいその鬼が、

元は自分達の先祖を護り、元は人々と同じ形をしていた等と

人々は知る由も無かった。

鬼は戦った。多くの人々が傷付いた。

しかし幸いにも、命を落とす者は今の所居なかった。

鬼は左腕と、片方の目を失った。

人々は確信する。

これなら勝てると。

人々は古今東西の退魔師を引き連れ、最後の攻撃に出た。

鬼は知っていた。

人々がこの山を訪れた事情を知っていた。

鬼は、人間が好きだった。

------------------------------------------------------------

鳥たちのさえずりが頭上から聞こえ、鬼は目を覚ました。
体を預けている巨木の太い幹から、数羽の鳥たちが飛び立って行く。
立ち上がる力は、もう残されていなかった。
恐らくは胸と首に深く突き刺さった破魔矢の力に寄る物だろう。
―死。
それ自体は怖くは無かった。
ただ、使命を果たせない後悔だけが残った。
鬼の居る場所は、元々は大きな屋敷があった場所だ。
今はその土台部分だけが苔むして残っているばかりだが。

「居たぞ!!こっちだ!!」

人々の声が聞こえた。
と、同時に、己自身の意識が遠のいていくのも、感じた。

―もう頑張るな。消えてやるから。

―大事に使ってくれよ、この山の、木を、土を。

『―善君。』

声が聞こえた。
数百年、言葉すら忘れても、忘れぬ声。
いまわの際の幻かと思った。

『―善君。迎えに来たよ。』

もう一度声がした。
目の前に女が立っていた。
何百年も、色褪せる事の無い記憶の中の姿、
出会った頃の、姿のままで。

「あ…。ぁ・・・。」

声はもう出ない。
女の伸ばしたその手を、鬼は静かに握った。

------------------------------------------------------------

「居たぞ!こっちだ!矢を構えろ!!」
「いや、待て…!」
「・・・もう死んでる。」

大きな戦いが終わったと、人々は歓声を上げた。
生きる為の糧を得る為だ。
人々もまた、必死だった。

「なァ。アイツ・・・。」
「あぁ、泣いてるな。ありゃ涙の痕だ。」
「・・・なァ、俺達よォ。」
「考えるな。生きる為だ。お前にも子供や女房が居るんだろうが。」
「・・・そォだな。往生してくれよ。」


------------------------------------------------------------

「ここは・・・」

見慣れた景色がそこにあった。
数百年ぶり、だが懐かしさは感じない景色。

一本の道。
両側には稲穂の成る田園。
道の先には、大きな屋敷があった。

『皆善君の事待ってたんだよっ。』

見つめた手の平には傷など無かった。
済んだ水に映った己の姿は、人の姿をしていた。

―そうか、やっと―

『早くっ』

女が男の手を引いていく。

―あァ、帰ろう、サハク―

『おかえり、善君っ。』

―俺達の家に―

ある男の最期。

修練場・上 2012/07/30/22:25:34 No.17  
一白  
「お嬢さん。どうでしょう、私と一戦?」
――世界の狭間に存在する神隠しの森の奥。偶然の出会いの後、ダンスでも誘うかのように冗談交じりに発せられた言葉は、
「まあ、良いだろう。時間はまだある」
 彼の予想に反し、現実となった。


 森に囲まれた石畳の広場があった。古びた煉瓦色の石畳が円を描くようにしきつめられ、石造りの小屋が隅にぽつんとあった。
 その広場の中央。
「よろしくお願いします、アルビノ嬢」
 男は会釈をした。日が陰る中、男の黒いコートは宵闇に溶け込もうとしている。
 アルビノと呼ばれた銀髪の女性が男と向かい合って立っていた。黒尽くめの男とは対照的に、白く露出の多い直線的な服で身を固めている。足を覆う白い甲冑。遠目から見れば白と黒が対照的に、夕日の中で映えるだろう。
 アルビノは剣を中段で切っ先を相手の喉に向けるように構えている。剣身はやや太い。刃は切れないように潰されている。
 その表情は冷たかった。剣を含めた彼女全体が一つの武器のような、そんな緊張感が漂っていた。
 アルビノは剣を振って構えなおす。刃が風を鋭く切る。
「……斬りはしない。安心しろ」
「お互いにね。あくまでこれは『模擬戦』なんだから」
 男の右手にも剣が握られていた。アルビノと同様、刃は潰されている。彼の得物は細く華奢だった。そして、彼の左手の黒塗りの杖が、コートに包まれた身体を支えるように立っている。
「…………」
 アルビノの痛いほどの沈黙が広場を覆う。
 石畳はあちこちが欠けて雑草が伸び放題になっていた。その周りを石くれがいくつも転がっている。男は剣を構えず一礼をした。礼をして顔を伏せたその瞬間に、男は瞳だけを動かして周囲の地の様子を頭に叩き込んだ。そして顔を上げ様に、
「では」
 杖で地を踏み、右足と杖を軸に左足を振りかぶり、足元の拳大の石をアルビノの膝頭めがけて蹴り飛ばした。
「!」
 その行動は彼女にとって予想外だった。ほとんど本能的に素早く左足を踏み込み一歩後ろへ引く。その真横を石が通り過ぎた。
「場慣れしてるな」
 男が独り言のように呟く。石が石畳に落ちるのと同時に、アルビノの両足が強く地を蹴った。剣を両手で握り全身がばねのように弾いて、切っ先が男のコートに覆われた懐に飛び込んだ。食らえば肋骨と肺は無事では済まない。
 アルビノは着地して目を細めた。彼女の握る剣の先には黒いコートのみが引っかかっている。そのまま目を横に流すと、数歩離れた先にコートを脱ぎ捨てた男が石畳に転がっていた。
 アルビノはコートを掴み男に向かって投げる。男は杖を投げ捨て剣を抱えて彼女と距離を取るように再び転がり、その勢いで膝をついた。そして杖を左手でしっかり握り、体重をその棒きれにかけて立ち上がる。
「……加減は、しない」
 地に舞い落ちたコートを挟んでアルビノと男は対峙する。怜悧な表情を保ったままのアルビノに対し、剣を構えながら男は微笑みさえも浮かべて、
「レディに手加減されたら私の立つ瀬がないよ。遠慮なくどうぞ、お嬢さん?」
「遠慮など最初からしていない」
 アルビノの言葉を合図に男が動いた。杖を支えに左足で地を蹴り、右手の剣を相手の胸に突き出すように跳ぶ。
「遅いぞ」
 アルビノは冷静だった。鋭い刃が胸に届く前に、すっと己の剣を胸元で寝かせる。
「何っ?」
 男がそう短く言うのと同時に、盾となった彼女の剣身は容易に細身の剣をはじいた。男はとっさに剣を引いて身を引き、剣を石畳の隙間に突き刺して着地する。そして杖を握り直し、剣で身体の均衡を保ったまま、アルビノのふくらはぎへ杖を振るった。
 自然、彼女の足を覆う白い甲冑に杖が当たる。固い音と衝撃が男の手に伝わった。アルビノは甲冑からの振動にも微動だにせず、正面の男の脳天に剣を振り下ろす。とっさに男は細身の剣で重い刃を受け止めるが耐えられるはずがない。
 バキッ。
 呆気なくか弱い剣は真っ二つに折れた。切っ先が弾け飛んでくるくると宙を舞い、石畳に触れて乾いた音を立てた。
「…………」
 ほんの一瞬、アルビノは男の降参を待った。男は半分になった剣を捨てた。
 その間、彼とアルビノの目が合った。アルビノの瞳は冬の湖のように静まり返っていた。
 そして、男の瞳は、
「まだ終わっていないよ」
 琥珀色の瞳は、狐のように狡猾な気性を映し出していた。

修練場・下 2012/07/30/22:28:21 No.18  
一白  
「!?」
 アルビノは息を呑んだ。彼女が剣を振りかぶるのと男が斜め後ろに倒れ伏せたのはほぼ同時だった。杖を地に立て男は身体を起こそうとするが、
「そんな隙を与えると思うな!」
 アルビノの振るう剣が細い身体を支える杖を薙ぎ払おうとする。避けても避けなくても男の体勢が崩れることは必至だった。彼は躊躇無く、杖から手を離した。その手の下を、一閃、剣が唸りを上げて通り過ぎた。
 黒塗りの杖が潰された刃に当たり、折れはせずとも男の手の届かぬ所まで飛ばされる。彼はそれに目もくれず重力に従って地にうつ伏せに倒れる。
「失礼」
 それと同時に男の手が伸び、アルビノの甲冑に覆われた足首を掴んでいた。男は腕を一気に引き上げる。
 男にとってそれは簡単に対抗されるであろう牽制のつもりだった。だが、彼の読みは外れていた。
 アルビノの両足は軽々と持ち上げられた。そして一瞬宙に浮いたその身体は、引力によって男の背中へと落下する。
 間一髪で男は横へ転がった。そのまま石畳と顔を突き合わせたアルビノは、素早く左手で地を着いて、軽々と空中に跳び上がった。しなやかに身体を捻らせ、今起き上がったばかりの男の胸元へ、
 ヒュッ!
 右手首のスナップを利かせて投げた。
 身幅の広い剣は寸分違いなく男の胸の中央に命中し、
「ガハ……ッ!」
 彼の肋骨が嫌な音を立てて、その身体が後方に突き飛ばされた。
 仰向けに叩きつけられて男はすぐに受身を取った。杖が手から離れる。アルビノは猫のように着地し、男の様子を見た。しばらく男は空を見上げたまま動かなかったが、
「あぁ、降参だよ、降参。見事だ、お嬢さん」
 のろのろと手を上げ、掠れた声で宣言した。
 白磁の肌に薄っすらと浮かぶ汗をアルビノは袖で拭った。敗者の元へ歩み寄り、未だ空を見上げる男の顔を覗き込む。
「その身体でよく戦ったものだ」
 男は胸を手で押さえつつ、よっこらせっとため息を吐いて上半身を起こした。
「それはどうも」
 そしてそのまま手を地に素早く伸ばす。手の先には、先ほどアルビノの剣によって真っ二つに折られた、細身の剣の切っ先が転がっていた。それを手で掴んだ。アルビノが彼の怪しい動きに目が行ったときには、
「ハイ。私の勝ちかな?」
 既にその白い喉に剣の切っ先が突きつけられていた。
 アルビノは一度目を瞬かせ、変化の乏しかった顔が珍しく不快そうに歪んだ。
「降参と言った時点で勝負は終わりでお前の負けだっ!」
 上ずった声と共に男の手が平手で叩かれる。切っ先が男の傍に落ち、跳ねて静止する。
「ふふ、悪かったね。お嬢さんの勝ちだよ」
 男は赤い痕のついた手をひらひらさせて微笑みさえも浮かべた。アルビノは鼻を鳴らしてそっぽを向く。だが、男が胸に手を当てて眉をしかめているのを見ると不意に傍に跪いた。そしてほっそりとした両手をすっと男の胸にかざした。
「じっとしてろ」
 すぐに変化は現れた。両手と男の胸元の間に淡い青色の光が灯る。男が目を見開いている間に、ぴしり、と彼の身体のうちで何かが結合する音がした。数分後、男はほうと安堵の息を吐いた。もう痛んでいる様子は無い。
「……ありがとう。もう大丈夫だよ。魔法ってのはやはり便利なものだな……。ああ、すまないが、コートと杖を拾ってくれないかい?」
 アルビノの顔は元の静まり返った表情に戻り、やれやれといった様子で周囲に散らばったコートと杖を拾い上げて男に差し出す。軽く頭を下げて男は受け取り、コートを羽織り、杖をついて立ち上がった。彼は苦笑いを浮かべ、
「年若いお嬢さんに負けてしまうとは、私の腕も鈍ったものだな」
「…………」
 アルビノは無言のまま一瞥し、床に落ちた彼女の剣を拾って小屋の中へ歩いて戻した。そして小屋の扉の前で、森へ向かって何かを呼んだ。
 すると森から足音も無く巨大な白い獣が姿を現した。戦いの前から控えていた、彼女の使い魔だった。堂々たるその体躯に男が圧倒されていると、アルビノはひらりとその獣の背に飛び乗る。
「……お前の、」
「?」
「お前のその足がよく動いたなら、此処でも一人で生きていけただろうな」
 ぽつんと発せられた言葉に、男は押し黙った。アルビノは構わず続ける。
「私は戻る。次に会う時は、死体になっていないことを祈っておいてやろう」
「……ああ。不必要かもしれないが、私も祈ろう。お元気で」
 彼女はその言葉に振り返らなかった。獣に跨ると、獣の白く太い四肢が躍動し宙を舞う。さながら空気を踏みしめるかのように、夜の帳の下りる空の下を白い獣は主を乗せて駆けていく。小さくなっていくその姿を、男は静かに見送った。


「足、か」
 黒尽くめの人形師は、杖をついて元の世界へ帰っていく。

――願わくば、彼女と再び逢わんことを。

 そう心内で呟きつつ。


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