―スズカ御前VSソード 一合の立会い― ※これは2019/3/22のロルを元にSS風にした物です。SSにするに辺り、個人的解釈やロルの前後入れ替え、一部カット等の編集が行われています。ご了承ください。 ――――――――――――――――――――――――――――  時狭間の世界にあるとある風景の一つ。数多くの景色があるが、その中にススキ之原があった。凪の中で囁くように揺れるススキ。その地はいつも秋のような気候で、雲ひとつない夜空は漆黒のベールに宝石細工を散らしたような星を輝かせている。大地にどこまでも広がるススキは風に重々しく頭を垂れ、ナイショ話をしているようにサワサワと優しい葉擦れの音を密やかに響かせていた。この地には何もない。ただ、ススキが揺れているだけ…なのだが。 「あー、なんで俺此処に来ちまったんだろ?」  そんな声と共に訪れる一つの人影があった。名前はソード。クレヴィスと言う街で自警団をやっている青年である。  なぜこんな所に来てしまったのか。そう疑問に思いつつも、一つの願いめいた物もあった。以前にここで遭遇した相手との再会。それを半ば無意識に願っていたのかもしれない。そして、何の悪戯かその願いは届いた。 「知れたことを。実は期待しているこそ、ここに来たのではないか?」  聞こえてきた声にソードが顔を上げる。そこには月明りを背に1人の女が立っていた。顔は逆光の影となっていて見えない。だが、それでもソードは感じていた。笑っている、と。そして理解もした。だから、相手の声に答える。 「あー、やっぱりそういうことか。そりゃあ、期待もするだろうよ。なんせ滅多に会えないような強者と会えたんだぜ?」  見覚えのある相手に手が震える。以前、彼女とはここで立会いをした。勝負の結果は引き分けだったが、一重にそれは相手の加減のおかげもあるだろう。きっと自分が思うに、相手の全力は自分が今まで知る何よりも格が違い過ぎる。あくまでこれは剣士の勘ではあるが。  だが、そういう相手だからこそ自分の全力が震えると言う物。同じ剣士として、だがある程度の高みにたどり着いてしまったがゆえに相手がいない身としては、目の前の相手はこの上ない存在だった。 「今回も偶然かね。それとも、あんたのことだから来るとわかったかな」 「さて、どちらだと思う?だが、そんなことは重要ではないだろう」  口元が釣り上がる。 「コレが、欲しいんだろう?」  無造作に抜刀した無銘の刀が、眼前に突きつけられる。思想も信念も込めず、ただ実直に鍛え抜かれた刃が鋭利に光る。何も感じない抜刀ではある。だが、その一連の動作に微かに心が躍る。それだけの動作でも、洗練された何かを感じるのだ。誰にでもは感じない感情が、確かにソードの胸のうちにあった。 「そうとも。俺は強い奴と剣を交えたいんだ」  剣士として。ただただ高みを目指してみたい。それがソードの行動理念である。コレクター的な面もあるが、それよりも使い手に興味を持つのが彼だ。腕が立つのなら、ともかく挑んでみたい。普段は微塵も見せないが、そんな戦闘狂めいた部分も間違いなく彼の一面だ。  そして、今回はさらに少しばかり悪い病気が出た。 「せっかくだし。全力の本気を見せてくれよ。俺も、全力で本気を出す」  到底手の届かない相手だとはわかっている。だが、だからこそ彼女の全てを見てみたいと言う興味があった。好奇心があった。恐らく、普通に立ち会っても見ることはないだろう相手の持つ極地を見たいと、そう思ってしまったのだ。  そんなソードの言葉に、相手の女性―名前をスズカ御前と言う――は少しだけ面食らったように目を丸くした。多分、そういう表情をさせただけでもある意味快挙だったのかもしれない。 「クク、ハハハハハハッ!全力を見せろとは、面白いことを言う!」  高らかに笑うスズカ御前はソードに明確な興味を抱いた目を向ける。今まで色々な相手と対峙してきたが、それでもこんな要求をしてくる相手はそうそういなかった。だからこそ、逆に興味が沸く。そこまでいうのなら、コイツは何処までできるのだろう?と。 「その不遜な挑戦、神として受けてやろう」  神。それがスズカ御前の正体だ。とある世界にいる武芸の神。そんな相手の本気の全力。それがどれほど危険なものか、わからない相手ではあるまい。 「だがゆめ忘れるな、我が前に立つならば死なねばならんということを」  それでも警告を送った理由は果たして何だったのか。だが、それで退く相手ではないことも予感はあった。 「あぁ、やれるだけやってやるさ。とはいえ、それで何度も剣を交えたらきっととんでもねぇことになるから、繰り出すのは一撃のみってルールで。あんたや俺なら、それで充分”わかる”だろ」  笑みを浮かべながら答えるソード。そしてさらに一つ条件を出す。それは一撃のみの勝負。全てを乗せた一撃でもって勝負をする。ソードとて、生半可な達人ではない。むしろ人の域は超えている剣士だ。スズカ御前も同じく人の域を余裕で越えた剣士。だからこそ、互いの力量を知るのに数を重ねる必要はない。全力を込めた一撃を見れば、それだけで互いにわかる。 「いいだろう」  哄笑の残滓が冷めやぬままに刀を抜いて無造作に肩に載せる。ソードに背を向け、一足一刀までのんびりと距離を取る。そして振り向くと刀の切っ先を下げ、正眼に構えた。そこに戦う者特有の”圧”はない。無我の境地ともいえるものだろうか。何も感じるものはない。 「やれるだけやってみろ。或いはこの身に届くかもしれんぞ?」  挑発的に笑う。その笑みは艶やかさと獰猛さを内容した人ならざる笑みだった。 「届けばの御の字。だけど、やるからには届かせてみせるぜ。」  そう告げて握り締めた右手を、左手の平へと当てる。そこから剣を引きぬくように右手を抜けば、黒い刀身に微かな銀の装飾が入った片手剣が現れる。それが魔力を秘めた剣である事は明らかだ。間違いなく魔剣の一つ。そして―― 「全力の本気なら、こいつじゃねぇとな。なんせ、俺の半身みたいな特別な奴だ。…普通なら武器を選ばず行きたいところだけど、今回はな」  ソードにとって特別な剣でもあった。普段なら普通の何の変哲もない剣で戦うのを常とするのだが、今回は別だ。相手が相手なのもあるし、何よりも普通の剣では自分の本気の全力に耐えられないというのもある。だからこそのチョイス。滅多な事では決して抜かない”愛剣”をソードは抜いていた。  両手でしっかりと剣を握り締め、肩の高さへ。剣先を前へと向ける。霞の構え、または雄牛の構えとも言われるものだ。  そして一息つく。同時にソードの気迫…剣気ともいうべき気配が濃くなった。  今、この場にいる両者は間違いなく対照的であった。片や何も感じさせるものはない空白のような佇まい。それに対し片や、これでもかと言わんばかりに剣気を纏い自分の存在をアピールするかのよう。  共通しているのは、二人とも剣士である事。そして、これから放つ一撃は尋常なものではないということだ。  月が、雲に、隠れた。そして風がなびき、世界が静寂の闇に沈む。 「………」 「………」  人の音はない。あるのは風と揺れるススキが擦れる自然の音のみ。 「………」 「………」  雲が流れる。そして、再び辺りを月明りが照らし、失われた光が再び訪れたその瞬間。止まった時間が動きだし、影が、舞った。 「   」 「スラスト・エッジ/アブソリュート!!」  それは刹那。一瞬と言う言葉ですら遅く感じる時の極地。余人であれば瞬きをするころには全てが終わり、さらにおつりがくるほどの瞬間の中の瞬間の出来事だ。   両者の剣は、最初に気と同様に対照的なものだった。  スズカ御前の剣は無限とも言えるものだった。攻撃自体は一撃だ。だが、そこに内包するものは違う。  万億兆――それこそ、那由多の可能性が膨れ上がるが如く生まれ広がってゆく。首を断つ。身体を切断する。脚を切る。手首を落とす。真っ二つにする。そういった無数の剣撃、無限の死がひとつに圧縮されてただの一撃に収斂したものだった。思考の伝達速度?肉体の耐久?そういうモノはただただ圧倒的な一撃を繰る使い手には通用しない。因果も時も関係ない、理屈っぽいことなど何もない。リドルも技術もない、あるのは『肉体』を含め万象が認識できぬ純粋なる『剣技』のみ。無我にして無限の一撃。  ソードの一撃は単一とも言える物だった。そこに複雑な物は一切ない。  ただ一つ、純粋に相手を打つと言う一つの目的を果たすべく、そこに全てを集中する。一点集中突破。シンプルイズベストと言う単語が最もわかりやすい純粋な一撃。けれども自分の持つ速さと力と技と心の全てを集約させた技術の全てを徹底的に突き詰め、渾身の思いをも込めた、有我にして単一の一撃。  二つの光が奔る。刃が吼える。別次元の領域から放たれる首を狙った叩きつけるような無造作な一撃と、一つの次元の領域の中で放たれる極限にまで研ぎ澄まされた刺突が、刹那の時の中で、交錯した。  影が交錯し、二人の距離は遠く離れる。1秒か、それとも2秒か。悠久の時の中で確かに時が刻まれてゆく中で、スズカ御前の持つ無銘の刀にヒビが入り、砕け散って風にさらわれてゆく。  と同時に、両者共に赤い血しぶきが上がる。ソードは剣を地面に刺し手倒れこむのを抑えるが、その場に膝を付く。スズカ御前の方は高く結い上げていた髪をまとめる紐が切断され、まるで遮幕を思わせる濡黒羽の長髪が一気に広がる。  一見すれば、この勝負はソードの方が負けているようにも見えただろう。だが実際はその逆だ。  受けた傷の度合いはスズカ御前の方が大きかった。 「――無間を越えた、か」  刺し貫かれえぐられた自らの脇腹を手で拭い、真新しい鮮血を見て歓喜に笑みを深くする。この身に走る熱も、痛みも、愛おしささえ感じるような高揚にいた。ここまでやった相手など、一体どれほど振りだろうか。  無銘の刀はソードの身を確かに斬り裂いた。本来ならば防ぐことも躱すこともできぬその一撃は、当たれば彼を死んだことにも気づかぬままに黄泉国へと叩き込んでいたことだろう。だが、深手とはいえ命に別状はなく、その身に刻まれた一撃は肉と骨を纏めて斬り裂いただけに留まっている。ソード的に言わせれば、大金星だ。武芸の髪の本気の全力を前に、命をつなぎとめた。それどころか剣を届かせた。これを快挙といわずなんと言おう。 「…へっ、どんなもんよ」  剣に寄りかかって項垂れたままではあるが、確かに口元には笑みが浮かんでいた。今までにも何度か――でも片手で数えるほどしかない――感じたことのある最高の瞬間の一つだった。いやもしかしたら、人生史上で一番最高に感じる瞬間かもしれない。  スズカ御前は真っ赤に染まったその手の指先を舌でなぞり、嬉しそうな笑みを浮かべてソードの方へ振り向く。僅かに残った刀身に自らの血をべったり塗ると、それを差し出した。 「小童、貴様にコレをくれてやる。面白いモノを見せてもらった礼だ」 「んあ…?」  差し出されたそれを受け取れば、瞬く間に斬られた傷が塞がっていく。その変化にソードは目を丸くする。 「せいぜい喜ぶがいい。お前はこのスズカ神に打ち勝ったのだからな」  砕けた刀。だが、それはただ傷を癒すために渡したのではない。印だ。武芸の神であるスズカ御前に刃を見事届かせた証であり、誉の証明。恐らく無数に広がる世界の中でも、それを持つ者は決して多くはない。 「…は、ははは。打ち勝ったと言うか、競り勝てたと言うか。でも、今回みたいなルールじゃなかったら、やっぱり此処まで上手くやれる気はしねぇな」  苦笑しながらソードが答える。一合だからこそ、そこに全力を注ぎ込む事が出来た。だが、これが普通の勝負や試合なら、きっと目の前の相手に、今はまだ勝てはしないだろう。全精力を注ぎこみすぎて、後に繋げられない。それはとんだ愚策というものだ。 「でも…確かに見せてもらったぜ、あんたの全力の本気って奴。んだよあれ。相当出来る奴でも発狂しかねない奴じゃないか」  スズカ御前の本気の全力は予想通りとんでもないものだった。無数の剣撃と無限の死の可能性。あんなものをぶつけられたら、絶対誰でもは耐えられない。その予感だけで発狂しかねないほどにヤバイ一撃だった。 「ハッ、あんなのどう斬ってやろうかと考えていただけだ。あの程度に錯乱しているようでは、遊び相手にもなれんぞ。だがその点で言えばお前には及第点をくれてやる。ビビって死ぬような腰抜けじゃないことがわかったからな」 「そりゃあ、あれだ。俺は、ただあんたに剣を届かせる事しか考えてなかったからな。」  そう、あの重さに耐えられたのは自分が単純だったからに過ぎない。剣を届かせる。その一点に全ての意識を集中していたから、相手のそれに飲まれなかった。集中しすぎて周りが一切見えていなかった。だからこそ耐えられた――というより気づいてなかったのだ。それのやばさに気づいたのは、終わってからだ。 「ふん。だが、勝ちは勝ちだ。武の神に刃を届かせたことは誉とするがいい それに、だ。前にも貴様に言っただろう。お前はまだまだ上を目指せると。ゆくゆくは吾の相手では役不足となることを期待してるぞ?」  それを語るスズカ御前はソードの全身全霊を見て強い期待を抱いたのか、以前よりもその目は爛々としていた。この相手なら、いずれは――そんな期待だ。長らく相手に恵まれることもなかったがゆえに。 「あぁ、自慢話にさせてもらうともさ。最も、信じてくれる奴はそうそういないだろうけどな。……そいつは、いつの話になる事やらだぜ」  一太刀入れて一撃勝負で打ち勝ったとはいえ、まだまだ相手の壁は高い。もちろん目標にはするつもりで、これからも精進するつもりではある。何よりも上を目指せるとわかっただけでも儲けものだ。だが果たして、相手の極地に並ぶまでにどれだけの時間が必要なのやら。  そう考えると、ちょっと遠目になるソードであったが、彼には一つ失念事項があった。 「時間などいくらでもある。100年先になろうが待っていてやろう」    相手は時間のしがらみのない存在なのだ。待ち時間などいくらでもある。  ならばいつか必ず叶えてみせよう。ゴールにたどり着いたらそこまでだが、道の先がある限り進むことは出来るのだから。そして自分も時間のしがらみはなくなってしまっている。待たせることにはなるが、果たせない約束には絶対にしない。それが本気の全力を披露してくれた相手への礼儀と言うものだ。 「で、気分はどうだ?」  不意の問い掛け。だが答えは持ちろん決まっている。なんせ神様相手に打ち勝つと言う快挙を成し遂げたのだ。 「最っ高だったぜ」 「だったら、その最高を塗り替える遊びを提供してもらう。いつであろうと吾は逃げも隠れもしない」 「おうとも。まぁ、今回みたいなのは早々無理でも、手合わせとかでも充分やる意味はあると思うから、またやろうぜ。次は、もうちょい安全枠でな」  一撃だけと、通常の剣撃戦は全然違う。そもそも普通の剣撃戦ともなれば、まだまだ相手に勝てるビジョンは見えないのだ。でもだからこそ、やりあう価値がある。格上との勝負は得るものが多いのだ。さすがに今回のように命を賭けるのは避けたいが。 「ふ、ならばその時は軽く遊んでやる。だが、本気で来なければ死ぬぞ?」 「あんた相手に本気でいかずにどうやって、やりあうんだよ…」  が、相手が相手だ。命を賭けるくらいの意気込みがなければ、自分は相手にすらならないだろう。だが、それでもやはりそういう相手が見つけられたと言うのは嬉しいの一言に限る。それはきっと、相手も同じことだろう。  こうして人知れず行われた一つの勝負は幕を閉じることになる。その後も、色々な形で関わっていくことになるのだろうが、それはまた別の話だ。 〜END〜